第八章 千咲国編 完結
「獅宇! あの阿呆が……!」 戸が風を裂くような勢いで開け放たれ、朱禍が荒い息を引きずるまま室内へ飛び込んできた。叩く余裕も躊躇もなく伸ばされた手は、迷いなく机へと落ち、整然と並べられた書物の上でバン、と乾いた音を立てた。「なんでああも問題…
小説
第七章 亜紫国編 完結
目の前で一人の少年と一人の男が対峙している。 それを、誰かがじっと見ていた。「師匠、なぜ母は子を守るのですか」「愛しき子だからです」「師匠、なぜ彼らは争うのですか」「きっと大切な人を守るためでしょう」「師匠、なぜ俺たちは怪奇を祓うのですか」…
小説
天雪の独白①
天雪にとって、二番弟子の仁は尊敬する先輩であり、兄のような存在だ。 宗主が木漏れ日のような穏やかさを持つなら、仁はその中で明るく笑う太陽のような人。まっすぐであたたかく、誰とでも分け隔てなく接する姿に、自然と心が和らぐ。 そして――一番弟…
小説 番外編
花月の独白①
花月にとって、唯一の師兄ーー林琳は、幾つになっても得体の知れない存在だった。 親元を離れて彼が入門した頃には、宗派「片燕」はすでに山雫国において重要な存在となっていた。その手によって国中に張り巡らされた陣は強固で、これまで一度たりとも怪奇…
小説 番外編
月深編
術式の解読は、決して容易なものではない。 完成された式が無惨に断ち切られ、断片に砕かれた状態からそれを再構築するのは、まるで複雑な玩具を闇の中で手探りで組み立てるようなものだ。わずか一手でも誤れば、秘められた力は術者自身に牙を剥き、命を奪…
小説
沈星演武祭編
「沈星演武祭って、どうせ三日間だけでしょ? 天候に左右されたとしても、伸びて一週間だし……俺は別で情報を集めたいから、ここで別れよう」 林琳は軽く肩をすくめ、そう言って小碧に跨った。彼の目は細められ、どこか不満が滲み出ており、その表情からは…
小説
ゆめのはなし
仁の朝は、片燕の誰よりも早い。まだ薄暗い空の下、寝起きの空気をかき分けるように身支度を整えると、宗主である獅宇が目を覚ます時間に合わせ、静かにその寝室の前で待つ。それが、弟子としての仁の日課であり、自然と身についてしまった習慣だった。 朝…
小説 番外編
暮照
夕暮れの空に、群青色がじんわりと広がる。 涼やかな風が頬を撫で、林琳は静かに歩みを進めていた。山雫国の広大な陣を巡る見回り。その任を宗主から預けられてから幾度目の夕暮れだろうか。 巨大な陣が張られたこの国では、滅多なことが起こるわけではな…
小説 番外編
鼓動
首筋に触れる穏やかな寝息と、背中を焼くような高い体温。子供特有の熱が林琳の肌を覆い、額にはじっとりと汗が滲む。背負われた仁はすでに意識を失っている。 擦り傷だらけの頬に汗が触れ、鋭い痛みが走る。それでも手を伸ばして汗を拭うことすら許されな…
小説 番外編
禍の男
片燕宗主、獅宇は朱禍の知己であった。 長い間連絡も途絶えていた知己が弟子を取ったという話を耳にしたのは、本人からではなく、噂の風に乗って聞いたものだった。それも、嘘と誠が交じるような曖昧な情報だった。しかし、どうせ獅宇のことだ。お人好し…
小説 番外編
劉鳴国編
黒煙と黒い炎が怒号を叫ぶ怪物を燃やし尽くし、一面が焼け野原と化した。 夕焼けを埋め込んだ瞳は濁った色を無垢に反射するだけの存在で酷く冷たく、その視線を逸らすことなく真っ直ぐに炎を見つめていた。 例えば——主が世界を創らなければ。 例えば—…
小説
嵐海宋編
——タン、タン、タン、タン 乾いた空気に二つの足音が規則正しく響く。 自然光が届かない谷底は薄暗く注意深く進むが足元は覚束無い。岩壁は冷たく湿っていてとても寒冷だ。階段らしい造りはなく、林琳と仁は間隔の空いた足場を飛び越えながら下へと降り…
小説